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札幌高等裁判所 昭和29年(う)209号 判決

控訴人 被告人 朴斗万こと朴潤浩

弁護人 海老名利一

検察官 鷲田勇

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌地方裁判所に差戻す。

理由

検察官の控訴の趣旨は検事福田巻雄作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

本件の公訴事実は、被告人は昭和二十四年七月初旬頃、行使の目的を以つて愛知県宝飯郡小坂井町長鈴木登進の職氏名を冐書しその職印を盗捺して同町長名義の外国人登録証明書一通を偽造した、と言うのであつて、その所為は当時施行の昭和二十二年勅令第二〇七号外国人登録令第十二条第八号に該当し、六月以下の懲役若しくは禁錮、千円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処せられる罪であり、その罪の時効は、刑事訴訟法第二百五十条第五号により、三年である。ところが右犯行後の昭和二十五年一月十六日から施行せられた昭和二十四年政令第三八一号により前記外国人登録令第十二条第八号の罰条は廃止せられ、その結果本件の公訴事実は刑法第百五十五条第一項に該当し、一年以上十年以下の懲役に処すべき罪となつたわけであり、その罪の時効は刑事訴訟法第二百五十条第三号により七年である。

そこで本件の公訴事実に対しては、原判決説示のとおり犯罪後の法律により刑の変更があつた場合に該当するから、刑法第六条により軽きものすなわち六月以下の懲役若しくは禁錮、千円以下の罰金又は拘留若しくは科料のいづれかを選択して処断しなければならない。しかし、これは軽き刑を以て処断すると言うのであつて、本件の犯行に対し右の登録令改正後もなお同令の規定を適用すると言うのでないことは勿論である。また右の如く刑の変更がある結果、その罪に対する公訴時効の期間が変つた場合には新旧両者を比較して短い方の期間を適用するものと解すべきではない。刑法第六条は刑の比照に関する規定であつて、時効期間には適用のないものと解するのが相当だからである。従つて、時効の完成については、法律の一般原則に従つて、当時に施行せられている法令を適用しなければならない。(明治四十四年三月二十七日言渡大審院判決、同年五月二十五日言渡大審院判決参照)

そうだとすると、本件の犯罪については昭和二十五年一月十五日以前にあつては時効期間は三年であるが、右の十五日には未だ犯行の日から三年を経過していないから、時効は完成していない。そうして同月十六日以後においては、刑法第百五十五条第一項の適用がある結果、時効期間は七年となり、本件公訴の提起せられた昭和二十八年一月十四日には時効は完成していない。

然らば公訴の時効が完成したとして免訴の言渡をした原判決は公訴の時効に関する法令の適用に誤があつて、その誤は判決に影響を及ぼすことが明かである。論旨は理由がある。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条第四百条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊谷直之助 判事 水島亀松 判事 松永信和)

検察官福田巻雄の控訴趣意

原判決は免訴の理由として、本件の犯行時である昭和二十四年七月当時に施行されていた外国人登録令第十二条第八号(法定刑六月以下の懲役)は昭和二十四年十二月三日政令第三百八十一号により改正されて右罰則は削除されその後登録証明書の偽造はすべて刑法第百五十五条をもつて律せられることとなつたが右は犯罪後刑の変更があつた場合に当り新旧の法を比照して軽い旧法を適用しなければならないが前記外国人登録令第十二条刑事訴訟法第二百五十一条刑法第十五条刑事訴訟法第二百五十一条刑法第十五条刑事訴訟法第二百五十条第五号により本件(外国人登録令違反の罪)の公訴時効は三年となるから結局本件は時効完成後の起訴に当る旨判示し刑事訴訟法第三百三十七条第四号を適用して免訴の言渡をした。然し乍ら原判決は左記の点において法令の解釈を誤つて居りそのため法令の適用に誤りを犯しその誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。その理由は本件の如く犯罪後の法令により刑の変更があつたと認定し更にすすんで刑法第六条に則り新旧の法を比照して軽きに従い処断する場合においては苟くもその公訴時効の成否は一方の刑によつて未だ公訴時効成就しない以上たやすく他の一方の刑のみによつて公訴時効は完成するいわれはなく時効完成による免訴の言渡は必ずや新旧両方のいづれによるも同じく時効の完成した場合でなければならないからである(明治四十四年(れ)第三二九号同年三月二十七日大審院宣告判決(大審院刑事判決録第一七集四六六頁以下特に四七三頁以下)参照)。而して本件は前記判示通り旧法である前記登録令第十二条違反の罪としてはその法定刑が六月以下の懲役に当り公訴時効の期間は刑訴第二百五十条第四号により三年であるがその公訴時効完成前である昭和二十五年一月十六日右法律は改正せられて刑法第百五十五条が適用せられることとなつた。而して同法条によれば法定刑は一年以上十年以下にして公訴時効期間も七年となるのである。斯の如く旧法の改正前に未だ時効完成しない本件においては新法により公訴時効の成否を決定すべきものであつて本件の起訴当時にあつては未だその時効は完成していないこと明かである。然るに刑の変更があつた場合に適用すべき刑罰法規に関する刑法第六条を手続法規である公訴時効に関する法案にまで適用あるものと誤解して本件を軽き旧法の罪の公訴時効期間の完成をもつて公訴時効完成したるものとして免訴の言渡しをなしたる原判決は結局独自の見解により法令を誤解したものにして到底破棄を免れないものと思料する。

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